現場に立った人間の言葉

世の中には、
整った、聞きやすい説明がたくさんあります。

理屈もある。
データもある。
もっともらしい言葉も揃っている。

けれど、
そうした言葉を聞いた後、
何も残らないと感じる事があります。


それはたいてい、
その言葉が
現場から発せられていない時です。

実際にやったのか。
失敗したのか。
関係が壊れたのか。
取り返しのつかない判断をしたのか。

そうした痕跡がない言葉は、
どれだけ正しくても、
現実では使えません。


現場に立つというのは、
特別な事ではありません。

・決めてしまった後に迷う
・思っていた通りに進まない
・誰にも説明できない違和感を抱える

そうした状態に
逃げずに居続けることです。


現場では、
理屈よりも先に、
感情や関係性が動きます。

正しい事が、
必ずしも通らない。

間違っていると分かっていても、
選ばざるを得ない場面がある。

その中で出てくる言葉は、
整っていません。

少し歪んでいる。
途中で止まっている。
説明しきれていない。

それでも、
現場の言葉には重さがある


知識は、
後から集めることができます。

理論も、
整理すれば追いつく。

けれど、
現場に立った感覚だけは、
代替がききません。

それは、
自分の身体に
直接残るものだからです。


このサイトに書いているのは、
「上手くいった話」ではありません。

また、
誰かに教えるための言葉でもありません。

現場に立ち、
判断し、
引き受け、
それでも残った感覚。

その断片を、
言葉として置いているだけです。


現場の言葉は、
いつも未完成です。

時間が経てば、
書き直したくなる。

削りたくなる。
言い過ぎたと感じることもある。

それでもいいと思います。


ここは通過点です。

完成した言葉は、
必要ありません。

現場に立った人間が、
その時点でしか持てなかった感覚。

それが、
次の現場で
誰かの足元を
少しだけ照らすことがあれば、
それで十分です。